社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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神社仏閣

2026_06/01

毎朝の習慣と、臨済宗妙心寺派の「お線香1本」に込められた意味!

毎朝、仏壇にお茶を供え、お線香を焚いて手を合わせることが私の日課となっています。

ふと、「自分の宗派(臨済宗妙心寺派)では、基本的にお線香は何本焚くのが正しいのだろう?」と気になり、調べてみました。

結論から言うと、臨済宗の基本は「1本」だそうです。

香炉の真ん中に、折らずにまっすぐ立てるのが作法だそうです。

禅宗において、1本のお線香には「一本の木のようにまっすぐ生きる」「心を一つに集中させて仏様に向き合う」という意味が込められているとのこと。

「なるほど・・・!」

家庭にある仏壇の場合は、「雑念を払って、真っ直ぐにご先祖さまたちと向き合う」ということになるのでしょうね。

何本焚くかという形以上に、毎朝の「感謝の心」が一番大切ですが、作法の意味を知ると、いつもの朝の時間がさらに深く、心地よいものに感じられます。

画像:Ai生成

2026_05/20

「仏教、なぜお線香を焚くの?」

毎朝、お仏壇にお参りしています。

当たり前のように、お線香を焚いて手を合わせていましたが、「一体どのような理由があるのだろう?」とふと気になり、調べてみました。

仏教では亡くなられた方は食事の代わりに「良い香り」を召し上がると言われており、これを「香食(こうじき)」と呼ぶ。

つまり、お線香を焚くことは、ご先祖様へ温かいご飯をお供えするのと同じ、最上のおもてなしになる。

また、ゆらゆらと立ち上る煙は「あの世とこの世をつなぐ架け橋」となる。

私たちが心の中で語りかける感謝の言葉や近況報告は、この煙に乗って真っ直ぐご先祖様へと届いていく。

さらに、その香りは私たち自身の心や空間を清めてくれる効果もあり、 お線香の香りを嗅ぐとホッと心が落ち着くのは、自分自身のお清めができている証拠かもしれません。

「なるほどね・・・!」

何気ない日々の習慣も、こうして深い意味を知ると、ご先祖様との心の会話がより愛おしく、大切な時間に感じられます。

画像:Ai生成

2026_04/26

「武士は、なぜ改名していったのでしょうか?」

靖国神社にそびえ立つ、大村益次郎の銅像。

この像は、靖国神社の前身である「東京招魂社」の創建に尽力した功績を讃えて設置されているそうです。

大村益次郎の「旧姓は『村田』、幼名は『宗太郎』」。

私と同じ名字だということに、勝手ながら親近感を覚えています。

「昔の武士はなぜ頻繁に名前を変えたのでしょうか?」

疑問に思い、調べてみました。

大きな理由は「元服」にあります。大人になる通過儀礼として幼名を捨て、成人としての名を授かる。

また、出世に伴い主君から名前の一文字を授かる「偏諱(へんき)」という文化もあった。

これは単なる改名ではなく、 主君への忠誠を誓い、組織における重責を背負うという「決意の表れ」。

役職が変われば、見るべき世界が変わる。

武士にとって名前の変化は、まさに「成長と責任の証」だった。

「なるほどねぇ~!」

現代の私たちも名前こそ変わりませんが、日々の成長とともに、心の持ちようや視座を常にアップデートしていきたいものです。

2026_04/24

「私の毎朝のルーティン!」

今日も元気に目が覚めました!

朝一番に気持ちよく目覚めることができること。

これが私の何よりのエネルギー源。

毎日3時起床が目標です。

日々、どのようなルーティンで過ごしているか、少しだけご紹介。

「3:00 起床」
まずは台所周りの整理から。

「バスタイム」
お風呂でシャンプー。
実はこれ、睡眠時に装着している、シーパップ(CPAP)」のベルト跡を直すためなんです(笑)。

「感謝の時間」
仏壇用のお茶とコーヒーを淹れ、神棚と仏壇へ手を合わせます。
無事に目が覚めたことに感謝し、今日一日の無事を祈る。
この静かな時間が、一日の心の土台になります。

「PCワーク」
4時過ぎからはPCに向かい、SNS投稿やメールチェックなどの事務作業を。

「運動」
5時20分頃からは、静岡護国神社までの往復6kmをラン&ウォーキング。
心身を整える大切な運動です

「朝食準備」
出勤 6時30分に朝食の準備をして、7時20分頃には出勤。

「就寝」
夜は9時前に就寝。

こうして書き出してみると、朝の数時間が、その日一日の質を決めているのだと改めて感じます。

特別なことではありませんが、毎日コツコツと積み重ねること。

感謝を忘れず、健康を維持すること。

これからも、このルーティンを大切に、一日一日を丁寧に積み重ねていきたいと思います。

 

2026_04/14

日課のラン&ウォーキングと「護国神社」への想い。平和な日常に感謝して。

毎日の健康維持と心のリフレッシュを兼ねて、自宅から静岡県護国神社までの往復6キロを「ラン&ウォーキング」するのが日課です。

馴染み深い場所ですが、ふと「護国神社」という名前の由来が気になり、改めて調べてみました。

そこには「国を守る」という言葉通り、尊い命を捧げた方々の御霊を祀り、今の平和な日本を祈り続けるという深い歴史が刻まれていました。

明治以降の招魂社から始まり、全国の護国神社として受け継がれてきた「平和への願い」。

私が日々駆け抜けているこの道は、先人たちの犠牲の上に成り立つ、かけがえのない平和な日常なのだと改めて感じます。

これからも、歴史の息吹を感じながら、一歩ずつ健やかに歩みを進めていきたいと思います。

2026_04/02

駿府で過ごした晩年。徳川家康公が「平和の神」として祀られた理由。

徳川家康公は晩年、静岡市に住んでいました。

その死後、家康公が神格化されたことで「久能山東照宮」が創建されましたが、なぜこれほどまでに神格化されたのか、気になって調べてみました。

家康公は死後、なぜ「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」として祀られることになったのでしょうか?

最大の理由は、長く苦しい戦国時代を終わらせた功績にある。

当時の人々にとって家康公は、まさに救世主のような存在であり、

その圧倒的なカリスマ性が、死後も「平和の守護神」として崇められる大きな背景となった。

また、政治的な側面もあり、

徳川幕府が家康公を神として祀ることで、幕府の統治に宗教的な権威を与え、支配の正当性を高めるという狙いがあったと言われている。

宗教的には天台宗の思想が影響し、「神として現世に現れ、人々を救う」という権現信仰へと繋がっていった。

なるほど・・・。

写真:久能山東照宮

2026_02/07

静岡浅間神社の節分祭で「鬼やらい」と「豆まき」奉仕!

2月3日、静岡浅間神社で開催された節分祭にて、「御年役(おとしやく)」の奉仕をさせていただきました。

当日は、背広の上に裃(かみしも)をビシッと着装。

厳かな雰囲気の中、正式参拝に続いて「鬼やらい神事」が執り行われました。

この「鬼やらい神事」とは、宮司以下神職が太鼓や鈴を鳴らし、世話人・参列者が梅と柳の若枝を麻で結んだ『おにやら棒』で戸板を叩き、悪鬼を追い払う神事のことです。

その後は、40数名の御年役の皆さまと共に、豆や福餅、お菓子をまいて、地域の皆さまの無病息災を願いました。

私の隣で一緒に奉仕をされたのは、静岡朝日テレビの嶋田光起さん。 爽やかな嶋田さんと共に、福を呼び込むお手伝いができ、とても清々しい一日となりました。

写真提供:高校時代の友人「扇英樹」くん