社長ブログ
溶射屋
日々の気づきを投稿中

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「村田ボーリング技研」

2006_03/18

会社説明会 イン 渋谷フォーラム8

 
会社説明会 勝○さん.JPG 今日、東京渋谷フォーラム8で会社説明会を開催した。

写真は定時になったので今日の説明会の案内をしている勝○さんです。

今日は緊張していない様子!!

2006_03/18

会社説明会 渋谷フォーラム8

渋谷 フォーラムエイト.JPG 昨日、渋谷のフォーラム8で会社説明会を開催した。
来場予定の一人が時間になっても現れないので同行した社員に学生の携帯に電話させたら「キャンセルの一言で電話が切れた」と言っていた。
余りにも常識を知らなさすぎる人間がいると思うと情けなくなる。
「伺うつもりでいましたが、用事が入ってしまいました」となぜ言えないのか。

景気回復による企業の求人数が増えた為に「超売手市場」になっていて、
学生のほうも「就活」を簡単に考えすぎているような気がする。

勿論このような学生はほんの一握りだと思うが・・・。

昨日は「ありがとうございます」の連続でした(笑)

2006_03/17

雲 青空 会社説明会

溶射屋 会社説明会.JPG 今日は東京への会社説明会!
一昨日は名古屋!昨日は静岡!と言ったり来たり。
外出が多いので机の上が片付かない。

身の回りの事でツイテルことが多くなってきた。
「感謝、感謝」

2006_03/16

日の出 曇り 就職ガイダンス

8f4d5829.JPG 下の写真の数分後!
曇り空から光が射す。
「う〜〜ん 幻想的だな〜」

今日は静岡グランシップで、合同説明会と会社説明会。
大企業の就職協定とやらは表向きはあるそうだが、
表面下では多分動きがあると思う。
特に工学部は例年早い時期に決まってしまうので4月1日の解禁まで
まってられない?

2006_03/11

就職ガイダンス ベンチャー企業博

就職ガイダンス.JPG 今日、ザメディアジョン主催の「ベンチャー企業博」に参加してきた。
売り手市場と言われている中で熱心に就職活動する学生達。
企業側も学生も熱心に活動している。
各ブースが華やかなのにはビックリ!

2006_02/28

手児の呼坂

手児の呼坂.JPG 2月26日(日)静岡新聞日曜版 (1)面に掲載されました。


万葉を歩く

東路(あずまぢ)の
手児(てご)の呼坂(よびざか)
越えて去(い)なば
吾(あれ)は恋ひむな
後(のち)は逢ひぬとも

碑文は「あずまぢのてこのよびおさかこえていなばあれはこひむなのちはあひぬとも」
あなたは東路にある手児の呼坂を越えて、東国へ行ってしまう。また、いつの日か会うことができるとおっしゃるが、恋しくてならない。もしかしたら、再びお目に掛かることはできないかもしれない。旅すること自体が命懸けであり、一度離れてしまえば、再び会うことができるなど信じられない。そんな時代だっただけに、切ない思いが伝わる。
「東路の手児の呼坂越えがねて山に寝むも宿りはなしに」(東歌、未勘国歌)と歌われた名高い「手児の呼坂」はどこにあったのだろうか。
未勘国歌は駿河や遠江など、どこの国の歌か不明なものを指す。
手児の呼坂の諸説があり、はっきりと定まっていない。
安倍川を越えて国道1号線をしばらく行き、丸子の金属工業団地へ右折する。そのまま突き当たりまで進んでいくと、歌碑がぽつんと建っている。
農道を歩き、手児の呼坂へ向かう標識にあたる。
ほんのひと登りで「手児の呼坂」碑と案内板を見つけた。
林の中の峠は薄暗く、静寂に包まれている。
そのまま尾根筋を登っていくと、頂上辺りで大きく眺望が開けた。
富士山が目の前にあり、安倍川が目の前にあり、安倍川の向こうに当時、阿部の市(駿河の国府)と呼ばれたにぎやかな街並みが広がる。
ああ。ここが手児の呼坂なのだろう。
富士のふもと辺りを指さし、万葉の旅人になっていた。
(文・小林一哉 写真・塚原勝二)

この石碑は1993年4月に現在会長の村田保が建てた石碑です。

2006_02/27

両手振り運動

両手振り運動.gif 今日は曇りで太陽は見えなかった

朝の散歩時は会社に出勤してから裏山の農道を歩いているんだけれど、
ちょうど太陽が見えるところで「両手振り運動」を400回行っている。

これは「両手を思い切って後ろに振って
その両手を惰性で前に持ってくる」ことを
連続して行うもの。

船井総合研究所を総業した船井幸雄氏が推奨している。

船井さんも毎朝行っていて健康維持をしてるらしい。
運動を始める5年前はメガネが必要だった視力が
現在はメガネ無しでもいられる位に回復したんだって。