最後の将軍「徳川慶喜」は将軍職を解かれた後に我が静岡市に28年間住んでました。
そんなこともあって慶喜の後に徳川宗家を継いだのは誰かと調べたら御三卿の田安徳川家第7代当主で5歳で養子となった家達(写真)。(1863〜1940年)
この家達の幼名は「亀之助」で徳川慶喜謹慎後の1868年(慶応4年)に徳川宗家第16代当主となり、明治初期に静岡藩主(知藩事)を務め、廃藩置県後に貴族院議員となり、1903年(明治36年)から1933年(昭和8年)までの30年にわたって第4代から第8代までの貴族院議長を務めた方でもあります。
祖父であり、弊社の創業者でもある「亀之助」(1900年生まれ)の名前は家達の幼名を付けたのではないかということが分かりました。
我が家の歴史の一部が解き明かされたようで嬉しいです。(笑)
コメント(6)
おはようございます。
凄い名前ですね。
こんにちは。
歴史上の人物にあやかったお名前なのですね。
きっと立派な方だったと思います。
ヒストリーのひとつが分かって、良かったですね。
ぽちっ
あれから150年ほど経ちますが、
名家のご子孫というのは目立たないけど先祖を敬って
自身を厳しく律して生活されてるんでしょうね。
徳川家は言うに及ばず、前田家、島津家・・・
こんにちは。
由緒正しきお名前なのですね。
すばらしい。
亀之助。
由緒ある名前。
ルーツ分かると嬉しいですね。
おはようございます。
先祖・歴史を知る事で、現在が更に理解できますね。
弊社はどうなんだろう??
早速調べてみます。